本日4月17日(水)で上砂川町は開拓から120年を迎えました。

 明治32年4月17日に上砂川町開拓の祖山内甚之助氏により上砂川の地に開拓の鍬が下ろされてから今年で120年を迎えました。
 町では、開拓から120年開町から70年を祝して様々な事業を行いますので、ぜひご参加ください。
 また、開拓から上砂川町が開町するまでの歴史をまとめましたので、少し長い文章ですが、興味がある方はぜひご覧ください。

上砂川開拓の歴史

 上砂川町の歴史は明治31年、入念な調査を重ねパンケウタシナイの地を選び、道から貸下げを認められた山内甚之助氏が、翌32年4月17日に現在の鶉本町地区に移住したことから始まります。
 開拓を成功させるという強い思いから、山内甚之助氏は入地者を厳選し、移住から2年の間に21戸の自作農と4戸の小作農を集め、山内家を中心とする鶉農場が現在の鶉本町生活館付近に誕生しました。
 その後、厳しい開墾に尽力を続けた鶉農場は順調に開拓され、当時施行された成墾検定により、道内でも屈指の模範部落として評価されたことから、道の貸下げ地が無償で譲渡され自己所有となり、砂川村の第9部落として自作農の道を歩み始めることとなりました。

上砂川町が開町するまで

 明治31年、山内甚之助氏の入植と時を同じくして、三井合名会社(後の三井鉱山株式会社)は上砂川地区での本格的な炭田調査を行い、炭田開発を決意。その後土地取得を行い、大正3年に実験的に第一坑を採掘し、本町に事務所を建設。翌4年に施業案を提出し、2年後の大正6年から正式に採炭が始められました。
 年を追うごとに急増する石炭の需要に合わせ、三井は坑口を次々と開坑し、発電所、学校、水道や病院も建設し、石炭の町として急激な発展を遂げ、上砂川地区の人口も2万人まで増加したことから、同じ上砂川地区にありながらパンケウタシナイ川を境に砂川町と歌志内町に分断されていることに対する不便さを訴える声が強まり、両町で分町運動が展開されました。
 両町民の分町に向けた運動の成果もあり、昭和23年10月4日、道庁が上砂川町の設置を決意し、翌24年1月1日に新しい上砂川町が誕生しました。

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